思いつき 雪山登山をおえて

今までに登山をする機会はあったけど、冬の雪山には挑戦したことがなかった。

初めての雪山を登ってみて思ったことは、

非日常を味わうことができて、画像でしか見たことない景色が目の前に現れてきて、新鮮な気持ちを味わうことができた。

でも、目新しさはあったものの日常との差別化をすることはできなかった。

なにをするにしても もっと、新しいことしたぜ、イェイ!

みたいな感情になって、ワクワクが止まらなくなって強烈にまた行きたいってなるのかなって思っていた。

どうも違ったみたい。

体験としては、九州に住んでいるので雪が積もっていることも、長野県に行くことも、雪山の装備を揃えることも全て新鮮な体験だった。

景色も間違いなく綺麗で、美しかった。

だけど、日々過ごしている日常と優劣はつかないんだなと。

何かをすること、他の人がしてないことをすることがいいことだと思った時期もあった。他の人より少しでも多くの体験や経験をしていることがすごいんだと思っていた時期もあった。

そう考えると、どうしても何もない日常がくすんでしまった。何もしてないことへの焦りや、SNSをひらけば何かをしている人たちの情報なんていくらでも手に入るから。

今は、たくさん発信できる環境にあるから輝いている人はより輝いて見えるのかもしれない。

そんなことを考えていたら、日常が輝いていることっていいことなのかなー。

刺激的な日常に憧れもするけど、なにもなくても何もない中に幸せを見つけることができて、そんな考えができれば、

刺激的な体験をした時に、同じ体験をする中でもより鮮明に、強烈にいろんなことを感じ取れるようになるんじゃないかな。

意図的に、非日常を作り出すよりも、

日常にほんの少しの彩りを与えるために別の何かをするってイメージがしっくりくる。

社会人として生活している中では、どうしても非日常を追いかけることに必死だったけど、やめて半年が経って改めて考えてみると、何もない日常もとても素晴らしいことなんだなって気づくことができた。

何もない日常に、ほんの少しづつ何かをたしていければ、日常ももっともっと輝きを増してくる。

新しい体験をしたという事実から、何を抽出できるか。

それは、どうも日々の生活にかかっているみたい。

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