1日でこうも違う

昨日一日のどうしようもない疲労感と、だるさから抜け出して身体も頭もとても軽くなった。

なんてことないことで、イライラしてしまったり短気になるような感覚。少しの時間も待てないようなあの感覚。

1人でいる時間、なんか意識がとられているような意識が自分じゃなくて別のなにかに取られているような時間が続くと息がつまって、身体に出てくるみたい。

自分が気持ち悪い状況に居続けるような我慢は誰のためにもならないので、さっとその場から立ち去ったり、時間を置いたりして、自分が気持ちよく過ごせることに対して妥協をしない

居心地が悪いと感じることは悪いことじゃなく、むしろお知らせをもらっているんだから素直にその感覚に従う方があとあといいことが待っている。

自分を快適に守ることは結果として周りにもいい影響をあたえることができる。自分の機嫌を自分で守るための行動は、結果として周りも幸せにすることができる。

気づいてみると、こんなこといつでも気づけそうな気がするけど、

そのために紆余曲折があって、何かで読んだりみたり聞いたりしたことではなくて、自分自身で自然と感じることができるかどうかは大きな差になると思う。

自分の軸や、感覚があった上で新しい感覚を探すのはいいかもしれないけど、

学びと気付きにはとんでもないくらいの差があるんではないだろうか。それとも一緒なのかな?

そうやって自分をどんどん幸せにしていくと、びっくりするような出会いやつながりが一気に広がっていく。それもとんでもないスピードで。何かの蓋が吹き飛んだような。そして何より、頭がごごごって痺れる。光が飛ぶような感覚。鳥肌が立って、ぶわっというかんじ。

この興奮は、狙ってできるようなことではないかもしれないけどその瞬間を味わってしまうとこれはもう戻れない。自分が幸せを感じるようにし続けること、大切にし続けること。これ以外に、自分を満たす方法はない。たくさんのオマケのようなことに左右されずに、自分の幸せが何か、自分で探して、その通りに行動し続けることでしか、自分を満たすことができない。