いつものひととき

何気ない日常の会話だけでも幸せを感じることができる。

人のできないことをできる時間、

自分のためだけの時間、

この時間を今までたくさん、本来は必要のないことに使ってしまっていた。

悩むべきではないことに時間を使い、どうでも良いことにクヨクヨし、

何も生み出さなければ、自分自身を消耗するばっかりで、

人にも優しくすることもできなければ、逆に人からエネルギーを吸い取るようなことまで。

その時は、そんなことをしている感覚もなく、むしろ自分自身が苦しんでいると

勘違いまでしてしまう有様。

何も疑問をいだかず、今の自分が正しいと錯覚し、どうしようもない状況だった。

その時は、それで必死だったし、自分を守ることに自分のエネルギーを使っていた。

そうでないと、自分がなくなってしまうから。

その空間から、距離を置いて、自分の馴染めない空間から物理的にも、

精神的にも離れることができて、ようやくおかしいことに気がつくことができた。

離れないまま、過ごすこともできたと思う。

誤魔化しごまかしであれば、いくらでもできてしまうもの。

そのモヤモヤを、リセットできるのか、

それとも違う環境に飛び出すことができるのか。

どちらの決断をしたとしても、自分に正直になって

いろんなものを捨ててでも判断できたのか。

それとも、他を気にしてできないのか。

違和感を押し殺すのか、違和感を開放してあげるのか。

何があっても、大丈夫って思えるようになるまで時間がかかったなって思う反面、

これからのたくさんの時間を、新しい生き方で暮らしていけるって、

幸せなんだなって思える。

いつ、成功するかもわからない状況でそこにかけることができるって、

できないよなー。

度胸なのか、みる目なのか、センスなのか、直感なのか。

多くの人が、絶対選ばないような選択のその先にしか、

他の人が驚くような結果は待ってないんだろうなー。

何があっても、大丈夫。

いつものひとときが、こんなにも幸せに溢れているのは

おかげさま。

いつも、ありがとう。

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